はじめまして!「峠のお茶屋ゆうき」ことカウンセラーの”ゆうき”です。
あなたの人生の峠でのリラックスを提供したり、本来のあなたを取り戻すお手伝いをいたします。
今まで傾聴サービスにてご縁のあった方は、過去6年間で約4000時間、延べ約2500名。多くのクライエント様にお話をお聴きしながら、私自身の経験とユーモアを交えて打ち明けて頂いております。
これまで色々な方のお話を聴いていて一番思ったことは、「起きた出来事をどう解釈するか?」これが、今後の人生を左右するのでは・・という事です。
私の人生を例に紹介しようと思いますので、しばしお付き合いください。
〇生い立ち
私が7歳の時に母は自死しました。翌年父親が「私の為に」と再婚し、新しい母親がやってきました。しかし新しい母とは折が合わず、とうとう彼女は家を出ていくと言い出しました。(父親は結局その彼女と、今も婚姻生活を送っています)
しかしその時、父が14歳の私に告げた言葉に、私は縛られる事になります。
その言葉とは「お前が出て行って欲しいと思うのなら、それでいいけれど、お前の性格が原因で生みの母は死んだ、育児ノイローゼだったんだ」というものです。
その時から「私は人殺しだし、母は精神的に弱い人なんだ」と思って生きてきました。
そのため男性とお付き合いするときは、早い時期に「母親が育児ノイローゼで自殺している。私もそうなる可能性がある」と告げてきました。
後で振られるくらいなら、最初に振られた方が傷が浅くて済むからです。ある意味「踏み絵」です。「そんな私でも受け入れてくれますか?」と。
〇再出発のつもりが・・
それでも、受け入れてくれた方と結婚をしたのですが・・・ 生まれた子供は重度の食物アレルギーで肌もボロボロ、育児支援センターのスタッフに「アトピーちゃん」と呼ばれ、激怒したことも・・
「うちのこ、アトピーって名前ではありません!」と。
そこへ追いうちをかけるように、夫は投資で多大な損失を出し、その憂さ晴らしをするためにキャバクラ通い・・・私には「帰る実家はない」ので、必死に病気の子供を育て婚姻生活を続けました。
その後、3歳になった重度の食物アレルギーの子供を受け入れてくれる幼稚園がひとつだけ見つかりました。安堵した二年目に、夫に鹿児島へ転勤の話が・・
会社は子供の病気のことを理解してくださり、幼稚園を卒園するまでは、転勤は保留としてくれたのです。子供の卒園を機に福岡へ転勤することになり、母の実家の佐賀県に近くなりました。
母の親戚との交流も始まり3年が過ぎた時、東日本大震災が起きたのです。
会社としては、4月から東京へ戻ることを考えていたのですが、人事が滞りもう一年福岡に住むことになりました。その秋に、祖母が永眠。葬儀などの折に偶然、母の自殺の原因を伯父から知りました。父は、母にも暴力を振るっていたのです。
伯父には「あなたが母の自殺の原因ではない」と言われました。「母親殺しと告げられた日」から25年の月日が経っていました。父親が子供に暴力を振るうのは、「躾」だと思っていた私には、衝撃の話でした。まさか、父親は妻にまで暴力を振るっていたとは・・・
〇この出来事をどう解釈するか!
女性にだらしがない夫、未だに(今年20歳)食物アレルギーで、外食が一切取れない子供。でも、夫と結婚していなければ、かつ子供が病気でなければ、母の自殺の原因を知る機会は「なかった」のです。
加えて、夫が投資で失敗しなければ、今私はカウンセラーになっていなかったのです。(長文になるので割愛します)
カウンセラーになる過程で
「愛を伝える5つの方法」(ゲーリー・チャップマン著)
「ザ・メンタルモデル」( 由佐美香子、天外伺朗著)
「自己決定理論」(エドワード・デシ・リチャード・ライアン著)
などなど、いろいろな知識と出会い、それが傾聴サービスを行っている時に役に立ちました。
そして、カウンセラーと名乗るには、しっかりとした技術が必要だと思い受講したのが、このHP青芭の開催する「繋がる傾聴実践講座」と、「プロ向けカウンセラー養成TMD」です。
多くのカウンセリング技法を学ぶことにより、問題解決の選択肢が増えたり、クライエント様のニーズに寄り添えることが増えました。
その出来事を「どうやって乗り越えたのか」「もし制限なく理想をイメージしたなら、どういう未来が待っているか」「その考えたかのクセはいつからなのか」などなど、解決の糸口を感情を受け止めながら紐解いていくのです。
もちろん、私の仕事への充足感も増えました。
過去を振り返ると、辛いことが、後に救われることへ繋がったり、嬉しいことが、悲しいことへ繋がったり・・「万事塞翁が馬」
これが私の根本にあります。
あと・・
伯父に言われました。(父親がしたことについて、いろいろと思うところはあるだろうけれど)
「あなたがなにをしたって、お母さんは生き返らないんだよ」と
これが「諦める」です。「死」「病気」「発達障害」などなど、諦めるしかないことは、あるのです。
母の死にどれほど涙で枕を濡らしてきたか・・・諦めるにも「時間」が必要です。
私は、その時間に寄り添うことも出来ると思います。
そして、最終的に『峠のお茶屋”ゆうき”』から卒業しよう!と自発的に思えるようになる方もいます。
自分で解決できそうだ、自分で行動できそうだと・・思えてくる。
「解釈力」が高まったり、リラックスにより、本来のあなたのIQに戻り、建設的な考え方ができるようになってくるからだと思っております。依存ではなく、ほんとうに必要な時だけ、サポートをお願いできるようになる。
ただ、人によっては数年かかります。じっくり、ゆっくりと、寄り添ってきて、そのような未来へとつながった方がいらっしゃいます。心身共に疲れている時に、自分だけで解決するのはとても大変です。
私も、人に頼るのは下手でした。暴力を振るう父親と、私を愛人の子供のように扱う継母の環境下で育ちましたから 笑
自分一人ではどうにもならなくなったとき、一歩踏み出してカウンセリングを受けました。受けたことで、心が軽くなり、道が拓けました。
青芭と提携しているカウンセラーは「櫻井先生の講座」を受講しており、カウンセラーとして必要な総合的な知識を網羅しております。
誰でもいいですし、どんな方法でもいいのです、ここまで読んでくださったあなた、あなたにも、道が拓けていきますように・・・
もし、私とご縁がありましたら、青芭のメールフォームで「ゆうき」をご指名下さい。
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